今若(も)し領主より金を出して、国内の物産を買ひ取り、民の従来私(わたくし)に売るよりも利多きやうにせば、民必ず之を便利と思ひて喜ぶべし。貨物を悉(ことごと)く買取りて、近傍(きんぼう)の国と交易すべき物をば、交易もすべし。大方は江戸・大坂の両所に送りて、府庫(ふこ。諸大名が大坂・江戸においた蔵屋敷)に納め置き、国民の中にて、良賈(りょうこ。有能な商人)一人を選びて、江戸・大坂に居住せしめ、之(これ)を蔵主(くらぬし。倉庫の所有者)として、他の商賈(しょうこ。商人)より「いれ」(「ノ」の下「去」)標(いれふだ)を取りて貴(たか)き価(あたい)にて売るべし。
( 中略 )
凡(およ)そ今の諸侯は、金なくては国用足らず、職責もなりがたければ、唯(ただ)如何(いか)にもして金を豊饒(ほうじょう)にする計(はかりごと)を行ふべし。金を豊饒にする術(すべ)は、市賈(しこ。商人のこと)の利より近きはなし。
(藩が国産品を買い上げる際、個人的取引きよりも高値をつけて領民から買ってやれば、領民は藩による買上げの方が得だと喜ぶにちがいない。そうやって国産品をすべて買い取り、藩専売制を実施すべきだ。近隣と交易すべき物があれば交易にまわし、大方の物資は江戸・大坂の蔵屋敷に送るべきだ。江戸・大坂には有能な商人を在住させて売却を委託し、入札希望者の中から最高値をつけた商人に売るようにする。( 中略 )今の諸大名は、貨幣の蓄積がなければ国家財政が不足して、職責も全うできない。何としてでも貨幣を増やす方策を実行すべきである。その手段は、商業の活用が一番だ。)
(太宰春台『経済録拾遺』-滝本誠一編『改訂日本経済叢書・第6巻』1923年、大鎧閣、P.295-。読みやすいように漢字を現行のものに改め適宜句読点を付し、また注を付した)